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キフネ神社いろいろ [神社・神話]

島根県安来市のあたりを地図で見ていて、貴布祢(禰)という神社が目にとまりました。
貴布祢=キフネですね。

それで祭神を調べてみました。

貴布禰神社 島根県安来市赤崎町 祭神:高龗(たかおかみ)ほか、猿田彦神、大己貴命、少彦名命、木花開耶姫命・大国主命・大地主命

貴布禰神社 島根県安来市伯太町未明 祭神:高龗(たかおかみ)

では京都の有名な貴船神社はどうなんだろうと調べてみました。

貴船神社 京都府 祭神:高龗(たかおかみ)、(闇龗(くらおかみ)、玉依姫命)、磐長姫命

貴船神社はもともとは貴布禰といったそうです。
ですから、京都の貴船神社は貴布禰総本宮といい、約500の分霊社、祭神を同じくする神社は2000社もあるそうです。
この由緒のページはとてもおもしろくて、
天上より貴船山中腹鏡岩に天下ったとか、黄船にのって難波の津からさかのぼってきたとかあります。
改修の際には附曳神事というのをおこなったとか。
その特殊神事では、建物の下に龍穴というものがあるがそれを人目に触れぬよう、建物を移動する際、布で隠しながら行ったそう。またその神事の際は音を発しないよう、口に榊を加えて行ったそうです。
またこの神社には玉依姫が乗ってきた船が黄色い船で人目に触れぬよう石でつつみ囲んだそうで、小舟ぐらいの形に石が積んであります。

その龍穴にはなにがあるのか、舟形の石積みの中にはなにがあるのか、調べて見たいものですが、調べてみてなにもないという場合もありえます。
現在はきっと神聖にして侵すべからず、中身が何か明らかになることはないでしょうね。

室生龍穴神社 奈良県宇陀市 祭神:高龗神、龍を使う女神「善女龍王」、天兒屋根命・大山祇命・水波能賣命・須佐之男命・埴山姫命

岡山備前の龍穴 岡山県瀬戸内市長船町磯上?、那岐山菩提寺?

「貴布禰神社(安来市赤碕町)」
http://blog.zige.jp/dandandan/kiji/548948.html

「貴布禰神社(島根県安来市伯太町未明)」
http://blog.zige.jp/dandan/kiji/493842.html

「貴船神社の由緒」
http://kifunejinja.jp/history.html

「龍神を祀る聖地『室生龍穴神社』と「吉祥龍穴」@宇陀市」
http://small-life.com/archives/14/08/0720.php

「日本三大龍穴」
http://www.nurs.or.jp/~u1/data/okuni-note3.html#24

「日本三大龍穴「備前龍穴」と龍玉の考察」
www.geocities.jp/ki_warabi/nihonsandai.pdf
岡崎春樹氏は、『吉備に邪馬台国 瀬戸内市の歴史』で、「石上神社は、明治時代の政策 で強制破壊された。と私の妻の父親は、石上神社の氏子で大変嘆き話していた。」と報告し ている。この時に、当時の神主の手によって、龍玉が古道に置かれたと推定している。同 時に、備前の龍穴伝承も途絶えてしまった。『改訂邑久郡史 下巻』に、「大正3 年8月5 日磯上字油杉山村社湯次神社・境外末社無資格日向石神社・・・を合祀す。」とある。

ふたりの天照? [神社・神話]

「天皇家誕生の謎」関裕二 立風書房 1999年

神社の祭神を調べていて、どうも「にぎはやひ」はかなり重要な神であるようなのに、現在の歴史ではあまり目立つところにでてこない。
「にぎはやひ」は物部氏の祖先であり、物部氏は天皇がくるより先にヤマトを支配していたよう。

「天照大神」がいて、一方に「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(にぎはやひ)」という「天照」がついた人がいる。

P.104
旧暦11月、宮中では、天皇の魂を新しく力強くするための呪術、鎮魂祭(たまふり祭)が行われる。
箱の中に木綿の糸を入れて、一二三四五六七八九十と唱えてこれを10回繰り返すのだが、この呪術は、そもそも物部氏のものであったのではないか。
物部氏の祀る石上神宮では、いまでも同じ呪文が継承され
一二三四五六七八九十ふるべゆらふらとふるべ
という祝詞をあげ、巫女が鈴を持って舞うのである。
この呪文は、元来にぎはやひの天の瑞宝が十種の神宝であったことや、そのなかの比礼(布)を用いて行われたことと関係がありそうである。

宮中では現在も物部氏が行なっていた呪術と同じことが一部なされている。

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ニギハヤヒの方の天照が一般にほとんど無視されてきたのは、「日本書紀」が朝廷の正式見解として天皇家の天照大神を日本の太陽神と定めているのだから、いくら物部氏の祖神が”天照”とよばれていたとしても、これを太陽神であったとみなすことはできない、という判断であろう。

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そして8世紀、古代有力豪族が次々と没落して、これを待っていたかのように編纂された「日本書紀」のなかで、本来の太陽神が天皇家の祖神にすり替えられたとしても、何の不思議もないのである。

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ところで、「日本書紀」が歴史改竄をしたために、その歪みがあらゆるところに波及したのではないかと思われる節がある。良い例が伊勢神宮であろう。
伊勢神宮といえば、日本で最も神聖な場所と考えられているが、この神社の構成には首をひねりたくなるものがある。誰もが知るように、下宮と内宮の二つがセットになっているのだが、内宮には天照大神が、外宮には豊受大神が祀られ(中略)。伝承によれば、雄略天皇の時代、内宮の天照大神が、独り身で寂しいからと、丹後半島の土着の神である豊受大神を連れてきたのだという。
(中略)どうにも納得できないのは、女性の天照大神が、独り身で寂しいという理由で、なぜ女神を連れてきてしまったのか、ということにある。
それだけではない。「日本書紀」が、この朝廷にとってもっとも大切なはずの外宮の主祭神・豊受大神について、ひとことも触れず黙殺してしまっていることも、謎に輪をかけているのである。

「丹後国風土記」によると、この豊受大神は、舞い降りた天女八人のうちの一人で、羽衣を隠され天にかえれなかったものである。

「日本書紀」の記述に従えば、天照大神も水と神衣にかかわる巫女であったのだから、いぜ神宮の内宮と外宮の神はどちらも同じ役割を持つ神になる。
したがってどちらかの神が、嘘をついていることになり、本来の太陽神が抹殺されていた疑いがでてくる。

P.115
そこで再び豊受大神の舞い降りた丹後半島に注目すると、奇妙な事実が浮かび上がる。
丹後半島の付け根、ちょうど天の橋立の近く、京都府宮津市大垣に、豊受大神を祀る籠神社がある。
この神社の名”籠”は、豊受大神がこの地に舞い降りたとき、籠に乗っていたと言い伝えられているからで、この神社こそ伊勢外宮の旧地と考えられているため、元伊勢という通称もある。
ところでこの神社の神職は、代々海部氏がつとめているのだが、この海部氏は尾張氏と同族で、尾張氏といえば、男性の太陽神・アマテルを祀る一族であることはすでに述べた。この籠神社には一級の資料として世に名高い国宝「海部氏系図」一巻があって、海部氏の始祖・彦火明命(天火明命)からの血脈が記されている。
もうお気づきとは思うが、この彦火明命の別名を「先代旧事本紀」は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命と証言していて、物部氏の祖であったともいう。太陽神を祀る巫女・豊受大神の本貫地・元伊勢ともいわれるこの神社の神官を男性の”天照”の末裔がつとめ、しかもこの”天照”からつづく系図を大切に守り続けた事実を無視することはできない。豊受大神の祀る本当の伊勢内宮の太陽神とは、この彦火明命(ニギハヤヒ)だったのではないかと思えてくるのである。
豊受大神の正体を、「日本書紀」があえて伏せたことの真意も、そう考えることで解決できるのではあるまいか。
そして、このような疑いは、折口信夫氏のいうところの「天皇霊」、つまり天皇が天皇たる必要条件である天照大神の御魂が、物部氏のニギハヤヒそのものであった可能性を示しているのである。

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宮津市の籠神社は日本人とユダヤ人同祖論にもでてくる神社です。
あまり有名でない神社だけど、実は重要な神社なのですね。

伊勢神宮の内宮に祀られているの天照大神は、本来は物部氏海部氏の始祖であるニギハヤヒである天照国照彦天火明櫛玉饒速日命であると。
そしてまた豊受大神は天女である。

お伊勢参りはプロパガンダ [神社・神話]

神社のことを調べていて、そういえばお伊勢参りとかお蔭参りとか、たくさんの人が伊勢神宮に参った時代があったことを思い出しました。
もしかしてこれもプロパガンダなのではないかと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/お蔭参り
お蔭参り(おかげまいり)は、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣。お蔭詣で(おかげもうで)とも。数百万人規模のものが、およそ60年周期(「おかげ年」と言う)に3回起こった。お伊勢参りで抜け参りともいう。

天照大神の神社として公家・寺家・武家が加持祈祷を行っていた伊勢神宮だったが、中世の戦乱の影響で領地を荒らされ、式年遷宮が行えないほど荒廃していた。その伊勢神宮を建て直すため、神宮で祭司を執り行っていた御師は外宮に祀られている豊受大御神を広めるため、農民に伊勢神宮へ参詣してもらうように暦を配るなど各地へ布教するようになった。

1705年(宝永2年)
宝永のお蔭参りは、本格的なお蔭参りの始まりで、2ヶ月間に330万~370万人が伊勢神宮に参詣した。本居宣長の玉勝間の記載によると、4月上旬から1日に2~3千人が松阪を通り、最高は1日23万人である。
参詣者:330万~370万人
当時の日本総人口:2769万人(1700年)

1771年(明和8年)
4月11日、宇治から女・子供ばかりの集団が仕事場の茶山から無断で離れて、着の身着のままやってきたのが明和のお蔭参りの始まりと伝える。
ピーク時には地元松坂では、自分の家から道路を横切って向かいの家に行くことすら困難なほど大量の参詣者が町の中を通っていった、と当時の日記にかかれている。参詣者らは「おかげでさ、ぬけたとさ」と囃しながら歩いてきた。集団ごとに幟を立てていたが、初めは幟に出身地や参加者を書いていたが、段々と滑稽なものや卑猥なものを描いたものが増えてきたという。お囃子も、老若男女がそろって卑猥な事々を並べ立てるようなものになった。
参詣者:200万人
当時の日本総人口:3110万人(1750年)

1830年(文政13年 / 天保元年)
文政のお蔭参りでは、60年周期の「おかげ年」が意識されていた。伝播地域は、明和よりも狭かったが、参加人数は大幅に増えている。
何故か参詣するときに、ひしゃくを持って行って伊勢神宮の外宮の北門で置いていくということが流行った。阿波の巡礼の風習が広まったとも言う。
参詣者:427万6500人
当時の日本総人口:3228万人(1850年)


つまり伊勢参りは、現代のクリスマスプレゼントや、ヴァレンタインのチョコ、節分の巻き寿司、ハロウィーンのばかさわぎなどと同様に宣伝によって起こされたものだったのですね。
そのような宣伝に乗せられ、日本人の1割以上もの人々が一箇所を目指す。
日本人て乗せられやすい、だまされやすい人々のようですね。

そうして集まったお金で神社を改築する。宣伝に長けてますね。
いったいいつからだましが始まっているのでしょうか

https://ja.wikipedia.org/wiki/プロパガンダ
プロパガンダ技術[編集]
アメリカ合衆国の宣伝分析研究所(英語版)は、プロパガンダ技術を分析し、次の7手法をあげている[7]。

ネーム・コーリング - レッテル貼り。攻撃対象をネガティブなイメージと結びつける(恐怖に訴える論証)。

カードスタッキング - 自らの主張に都合のいい事柄を強調し、都合の悪い事柄を隠蔽、または捏造だと強調する。本来はトランプの「イカサマ」の意。情報操作が典型的例。マスコミ統制。

バンドワゴン - その事柄が世の中の趨勢であるように宣伝する。人間は本能的に集団から疎外されることを恐れる性質があり、自らの主張が世の中の趨勢であると錯覚させることで引きつけることが出来る。(衆人に訴える論証)

証言利用 - 「信憑性がある」とされる人に語らせることで、自らの主張に説得性を高めようとする(権威に訴える論証)。

平凡化 - その考えのメリットを、民衆のメリットと結びつける。

転移 - 何かの威信や非難を別のものに持ち込む。たとえば愛国心を表彰する感情的な転移として国旗を掲げる。

華麗な言葉による普遍化 - 対象となるものを、普遍的や道徳的と考えられている言葉と結びつける。

アドルフ・ヒトラーは、宣伝手法について「宣伝効果のほとんどは人々の感情に訴えかけるべきであり、いわゆる知性に対して訴えかける部分は最小にしなければならない」「宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要である。」と、感情に訴えることの重要性を挙げている[12]。ヨーゼフ・ゲッベルスは「十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう」(=嘘も百回繰り返されれば真実となる)と述べた。

アキエリークス [政治・社会]

安倍首相夫人の昭恵さんと籠池夫人のメールのやり取りがリークされています。
https://akie-leaks.com

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「しかし、園長の熱い思いは本物であると思いたいと思っています。全ては必然です。今回のことは私たちにとって学びの場ですが、こ夫妻にと」

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「っても意味あることと私は思います。」

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「琵琶湖の竹生島に行き祈りました。籠池先生のお役割もわかったような気がします。お辛いでしょうが、頑張ってください。ありがとうございます。」

籠池夫人ー>あきえさん
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「国の為に役割を担う学校なんですから妨害します困難は砥石」

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「主人は教育勅語を復興したことで 皆本もだせるんですね この学校も次に繋げる起爆剤 ネットで田中造園自殺とか 八木造園です」

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「国会改革の起爆剤になります国民が気がつかないと自分達が皆政治家になって活躍すればいいのです政治家の怖さをみたきがしました」

たくさん画像があがっていますが、こういうサイトはいつ消されるかわかりません。
重要なものはコピーしておかないと。
「籠池先生のお役割」があった。
籠池理事長は安倍首相側の意向を担った学校をつくろうとしていたように読み取れます。
つまり安倍首相側はまったく無関係というわけではないよう。
だから籠池さんの「とかげの尻尾切りにされようとしている」という発言になるわけですね。
籠池さんはとかげの本体ではないと。
「お辛いでしょうが、頑張ってください。」ー>とかげの尻尾切りにされますが、耐えてくださいという意味ですかね。

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「私もよくわかりませんが、色々気をつけなくてはいけないことがあります。私が関わったということは、裏で何かがあるのではと疑われないように」
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「、細心の注意を払わなくてはならないということだったのでしょう。」

つまり直接安倍首相が関わっていることが明らかになると危険な案件であるから、昭恵夫人が関わらされた。そういう意味で昭恵夫人もとかげの尻尾であると。

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「神様は全てご覧になっています。」

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「私もどうしていいかわかりません、権力など使っていません。神様はどこに導こうとしているのか。」

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「それは嘘です。私には祈ることしかできません。」

神様ほか、祈っています、私には祈ることしかできませんという発言も多くあり、昭恵さんはキリスト教信者かもしれません。

菅野完さんのツイッター
https://twitter.com/noiehoie

Tamotsu Thomas UEDA
https://twitter.com/UedaThomas

https://twitter.com/UedaThomas/status/844080369074753536
Tamotsu Thomas UEDA‏ @UedaThomas 3月21日
その他
うーわマジか、「徳島県教組襲撃事件」や「行動する保守」運動の首謀者の中曽千鶴子ってカトリックか。箕面教会だと。勘弁してくれよ。でも最近、カトリックの中に妙に右傾化した連中がいて、皆で靖国参拝とかしてるんだよな。本当に勘弁してほしい。http://ameblo.jp/chiruko12/

「カトリック信者の麻生さんが靖国参拝していますが」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14106207404
chiemokayさん 2013/4/2619:34:04
カトリックは伝統的に土着信仰を利用する戦略を取っている為、特に神道に関しては寛容的です。GHQが靖国神社の解体を計画した際にカトリックの神父が中止させた過去を持つほどです。 とは言え、靖国参拝に関して言えば、あれは票めあてのパフォーマンスなので宗教は関係ありません。要するに、思想・心情よりも票って事です。


昭恵さんはキリスト教信者であるようなのに、神道の小学校設立に関わる。
この「カトリックの中に妙に右傾化した連中がいて」というのと同じ動きであるよう。
NWOによって、第二次世界大戦で日本は中国と戦争させられたように、裏にはキリスト教教会がいて、今また日本と中国を戦争させるように動いているとそんなように思います。

宇宙船磐船神社にいきました 「イワフネ」神社いろいろ [神社・神話]

大阪府交野市にある磐船神社にいきました。
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天孫降臨の地です。

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大変に大きな岩が御神体です。
創建時期は不明とのこと。

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御祭神は天孫饒速日命(にぎはやひのみこと)。

バスの本数がかなり少ないらしいので、車で行きました。
山の中にもかかわらず、次から次へと夫婦連れや、カップル、白人女子二人とガイドとみられる日本人女性、単身の30歳ぐらいの男性がやってきていました。
みなさん、五百円払って岩窟めぐりを楽しまれていました。
一人では岩窟巡りは基本できないので、単身の方は他の方と一緒に入られていました。
私も入りたかったのですが、断念。
道沿いの駐車場は15台ほど止めることができますが、日曜日の昼前はいっぱいでした。
巨岩がごろごろしており、非日常な感じがします。

そこでいただいたパンフによると、ここのご祭神は天照大神の孫神であり、神武天皇の東征以前に日本の国の中心である大和国に入らんとして天の磐船に乗り天降られた天津神であるとのことです。

「にぎはやひのみこと」は天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)
天照國照彦天火明櫛甕玉饒速日(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシミカタマニギハヤヒ) … ニギハヤヒとも書く。

最初に「天」がくるのは、天から来た宇宙人で、「櫛(くし)」は「奇し(くし)」すなわち「奇妙な」、「甕(みか)」は「ひかる」、「玉」は円形UFO、「にぎ」は蛇の古語。
つまり天から変わった光る円形の乗り物に乗って来た龍人という意味ではないかと。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ニギハヤヒ
その他、古代史ブームの火付け役と目される原田常治は、推論に推論を重ね、大胆に結論を断定する手法で、大神神社の主祭神である大物主、上賀茂神社の主祭神である加茂別雷大神、熊野本宮大社の祭神である事解之男尊、大和神社の主神である日本大国魂大神、石上神宮の祭神である布留御魂、大歳神社[要曖昧さ回避]の主祭神である大歳神(大歳尊)と同一だとする[2]。学術的には大いに問題があるという意見がある一方、影響を受けた作家も多い[3]。

「第6代大物主の櫛甕玉命が住まわれた神坐日向社」
http://www.tukinohikari.jp/jinja-nara/topics-sa-miwa-himukai/
櫛御方命(くしみかた)と 櫛甕玉命(くしみかたま)では一字違うだけだ。

「ミカ(甕)…古代語に詳しい人に意見頂きたいかも…」
http://blog.goo.ne.jp/chocolate6isco/e/04e5cd876f2c95cb9662eb14bb7f5427
ミカ(甕) … 映し出す。輝き。


「図説龍とドラゴンの世界」笹間良彦 2008年によると、
「日本書紀」雄略天皇の時代に三諸丘の神である大物主の神をとらえさせると、それは大蛇であったとあります。
また崇神天皇の時代には、大物主と結婚した「やまとととひももそひめ」が、大物主に朝の光で姿を見たいと言うと、朝櫛箱を開けなさいといわれ、開けてみると小さい蛇がいて驚いて叫んでしまい、大物主に恥をかかせたため、大物主は三諸山に登ってしまったとあります。

「にぎはやひ」=「大物主」なので、これも蛇人、龍人であると思います。

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そして「イワフネ」という神社は日本にいくつもあるようです。
漢字は音にあてたものであるから、漢字が違っても読みが同じであれば同じ種類のものであると考えられるそうです。(八切止夫)
「イワ」の「フネ」って謎めいています。
「イワ」では「フネ」は作れないのに、「イワフネ」とはこれはもうUFOでしょう。

「いわふね」とつくところ
磐船神社(いわふね) 大阪府交野市私市9−19−1 祭神:饒速日命

石船神社(いわふね) 京都府京田辺市高船里111 饒速日命が天磐船に乗りこの地のかじがみねに降臨し、そのあと河内のたけるがみねに天降り、大和国鳥見白庭山にかえった。

磐船大神社(いわふね) 大阪府南河内郡河南町平石484 祭神:饒速日命(外十柱)、豊受大神(外五柱)

石船神社(いわふね) 新潟県村上市岩船三日市9−20 祭神:饒速日命 みずはやめのみこと、高靇(たかおかみ)の神、闇靇(くらおかみ)の神

磐船神社 福井県越前市広瀬町144−3−2

石船神社(石の異体字) 茨城県東茨城郡城里町岩船字宮山606 祭神:鳥石楠船命(別名 天鳥船神)建御雷神とともに降臨した神

石船神社 山梨県都留市朝日馬場442

いくつかの「いわふね」神社は祭神が饒速日命なんですよね。
おもしろすぎます。
つまり「にぎはやひ」はUFO=「いわふね」にのり、日本のいくつかの地に降りたと。

また「図説龍とドラゴンの世界」によると、大神神社(おおみわ)は、日本最古の神社とされるそうです。
また橿原神宮はなんと、明治23年の創建とかなりの新しさ。
新しいとあまりありがたくないです。

話はずれますが、新潟県の石船神社の祭神の一員である、高靇(たかおかみ)、闇靇(くらおかみ)の「おかみ」と言う字は雨冠に龍の字なんですよね。
weblioによると、水,また雨や雪をつかさどる神霊。竜神(りゆうじん)。

これまた龍。

聖書に書かれる宇宙人 [宇宙人・レプティリアン・爬虫類人]

「太古の宇宙人ー太古に地球を訪れた宇宙人」エーリッヒ・フォン・デニケン 角川書店 昭和51年
こちらの本に古代の文献から地球にやってきた宇宙人が読み取れるとあります。

P.57には、旧約聖書のエゼキエルのところにも、それが書かれています。
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第30年の4月5日のことである。わたしはケバル川の河畔に住んでいた捕囚の人々の間にいたが、そのとき天が開かれ、わたしは神の顕現に接した。それはヨヤキン王が捕囚となって第5年のその月の5日のことであった。カルデアの地ケバル川の河畔で、主の言葉が祭司ブジの子エゼキエルに臨み、また神の御手が彼の上に臨んだ。
わたしが見ていると、北のほうから激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった。またその中には、四つの生き物の姿があった。その有様はこうであった。彼らは人間のようなものであった。それぞれが四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。足は真っ直ぐで、足の裏は子牛の足の裏に似ており、磨いた青銅が輝くように光を放っていた。また翼の下には四つの方向に人間の手があった。四つともそれぞれの顔と翼を持っていた。翼は互いに触れ合っていた。それらは移動するとき向きを変えずそれぞれ顔の向いている方に進んだ。その顔は人間の顔のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、、そしてよっつとも後ろには鷲の顔を持っていた。顔はそのようになっていた。・・・・

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「ラルースの世界の神々 神話百科」フェルナン・コント 原書房 2006年
P.313 インド神話にある4つの顔を持つブラフマー。
このブラフマーは翼はないけれど、四つの顔を持つと言うところはエゼキエル書と同じなんですよね。
ブラフマーは創造物全ての主で父でもある、ブラジャーバティでもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ブラフマー
ブラフマー(ヒンディー語: ब्रह्मा Brahmā)はヒンドゥー教の神の1柱、創造神でありトリムルティ(最高神の3つの様相)の1つに数えられる。4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる[1]。 ブラフマーは時にリグ・ヴェーダに語られる創造神であるプラジャーパティと同一視され(リグ・ヴェーダの神々(英語版))、またカマ(英語版)や宇宙の卵であるヒラニヤ・ガルバ(英語版)との関連が指摘されることもある[6][7]

ヴィシュヌ、シヴァとともにトリムルティの一角を担うが、古代の文献ではブラフマーの含まれない3柱を最高神の3人組に数えている[8][9][注 1]。
ブラフマーはしばしば宇宙と様々な生物の創造主であると語られる。

現代のヒンドゥー教ではブラフマーは人気のある神格とは言えず、ヴィシュヌやシヴァと比べトリムルティの中での重要性も低い。ブラフマーは古代の聖典の中では礼賛されているものの、インドでは重要な神として人々の信仰を集めることは稀であった[13]。そのためインドにあるヒンドゥー寺院でブラフマーを奉るものは少ない。 汎神論をテーマとするクツァヤーナ賛歌は人の魂をブラフマンであると主張し、その絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている。アートマン(魂、我)はブラフマーであることと同等であり、ブラフマンの様々な顕現であることと同等であると展開する。いわく、「汝はブラフマーである。汝はヴィシュヌである。汝はルドラ(シヴァ)である、汝はアグニ、ヴァルナ、ヴァーユ、インドラであり、汝は全てである」[20][22]。

マハーバーラタやプラーナ文献に語られるように、また多くの研究がそう結論しているようにブラフマーは第二の創造者であると考えられている[28][29][30]。ブラフマーは全ての形ある物を創造したが、しかし原初の宇宙は創造しなかった[31]。

ブラフマーは通常4つの顔に4本の腕を持った姿で描かれる[40]。4つの顔はそれぞれ東西南北を向いているとされる。武器ではなく、知識や創造を象徴するものを手に持つ。例えばヴェーダ、時間を象徴する数珠、ヤジナ(英語版)(火の儀式)に使われる杓、全ての生命の象徴である水の入った器である。

インドネシア、ジャワ島中部のジョグジャカルタ市に位置するプランバナン寺院群(9世紀)にもブラフマーを奉る寺院があり、寺院群の中でも最大級の3つの寺院のうちの1つである。ちなみに3つの内最大の物はシヴァに捧げられた物で、残りの1つはヴィシュヌ寺院である[44]。ブラフマー寺院はシヴァ寺院の南に位置している。 タイ王国、バンコクのエーラーワンの祠にはブラフマー像があり、今日でも信仰を集めている[15]。タイの政庁(en:Government House of Thailand)の金色のドームにもプラ・プロム(英語版)(タイでのブラフマーの呼び名)の像が存在する。ペッチャブリー県の寺院、ワット・ヤイ スワンナーラームにある18世紀はじめの絵画にはブラフマーが描かれている[45]。

ビルマの国名の由来はブラフマーであり、中世の文献には「ブラフマー・デサ」(Brahma-desa)という表記も見られる[46][47]。「デサ」はサンスクリット語で「国」を意味する。 ブラフマーは中国の民俗宗教においては一般的な神であり、中国、台湾には多くの寺院がある。中国語圏では「四面神(英語版)」、チベットでは「ツァンパ」(Tshangs pa)、日本では「梵天」という名で知られる[48]。

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絶対的現実、普遍の神は生きとし生けるすべての存在の中に宿るとしている
これは八百万の神と同じですね。

世界の神話の共通点を探すと面白そうです。
それに寺院や寺などにいったとき、そこが何を祀っているのか調べるのも面白そう。

いつから歴史は捻じ曲げられているのか [歴史]

天皇家がのっとられたのは明治維新からですが、古代史を読んでいくうちに、日本書紀からもうでっち上げがなされていると知りました。

720年に日本書紀は完成したそうですが、
『日本書紀』の編纂は国家の大事業であり、皇室や各氏族の歴史上での位置づけを行うという極めて政治的な色彩の濃厚なものである。編集方針の決定や原史料の選択は政治的に有力者が主導したものと推測されている。

つまり皇室や各氏族は、立派な流れを汲んでいるということを捏造しているかもしれません。

「大阪アースダイバー」中沢新一 講談社 2012年によると、
P.269
かつて河内は、物部氏の世界だった。もっとも古い大阪の文化開拓者であった物部氏は、河内に広大な所領を持ち、その一族は河内の全域に広がっていた。物部氏は天皇一族よりもずっと古い時期に畿内へ入った人々である。彼らは「古事記」や「日本書紀」よりも古い由緒を持つ、一族の歴史を語る神話集を持っていた。(その一部はのちに「先代旧事本紀」と言う本にまとめられている)。「モノ」と呼ばれる霊力を扱う精神技術についても、物部氏は独特の伝統を保持しており(モノノベというのは、「モノの専門家」という意味である)、天皇一族もこの点では物部氏に一目置かざるを得なかった。

そればかりか、物部氏には彼らの先祖が「天孫降臨」を決行した「高天原」まで存在するのである。それは北河内の奥谷にある。いまではロッククライミング練習場として知られている「たけるがみね」とよばれる岩山に巨大な「磐船」を着船させた物部氏の先祖は、そこから広がって寝屋川沿いの交野の地に勢力を伸ばしていったと言われる。

P.271
記紀神話では高天原は九州の高千穂峰に設定されているが、じつは古代においては「高天原」はいくつも存在できた。いと高きところにいまします先祖の霊を地上に招いて、天と地を結ぶ儀式をおこなうとき、祖霊が降下してくる地点として設けられた小高い山や土盛りなどが、そのまま「高天原」になったからである。

物部氏は交野の地を開発地と決めると、私市の奥の渓谷に彼らの先祖祭りをおこなうのに最適の場所を発見した。そこは鷲が営巣をおこなっている岸壁のそそりたつ岩山で、山の形自体が神をお迎えするのにふさわしい、美しい神体山の姿をしていたからである。そこは一族の祖である「ニギハヤヒノミコト」が、地上に降り立つにふさわしい地形であった。

さらに驚いたことには。この高天原のすぐ近くの渓谷の中に、ニギハヤヒノミコトが地上降下に使用したにちがいないヴィークルまで見つかった。いまは岩石に姿を変えているが、神話の時代には天空を行く船であったことを、物部氏の神官たちはまざまざと幻視した。そこから交野物部氏による神話制作のムーブメントが開始された。朝鮮半島南部における彼らの故郷でも、先祖の高貴な霊はいと高き天に住まし、繭の形をしたヴィークルに密閉されて、地上に降下したという神話が語り伝えられていた。その神話が、交野の奥のこの渓谷の地形を得て、生き生きとした具体の姿を持ったのである。古代の神話はその内容が現実の地形に具体的に実現されていなければ、力を持つことがなかった。その意味では、物部氏の天孫降臨神話は、いささか具体性を書いている天皇家のそれよりも、神話力の点では勝っていた。

P.274
物部氏の氏人の首(おびと)の即位儀式もこの磐船石の地下でおこなわれていたと想像するのは、とても楽しい。天磐船でおこなわれた(と想像される)即位の儀式は、天皇家の即位儀礼である大嘗祭とは、およそおもむきの異なるものであったと思われるからだ。天皇家の所在地には、現実の地形としての高天原がない。天孫降臨のための「道具」も現実のものとしては残されていない。そこで天孫降臨を模した即位儀礼は、天皇家の場合すべて象徴的に作られた道具を持って執行するしかない。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/物部守屋
物部氏は有力な軍事氏族である。物部氏は日本に伝来した仏教に対しては強硬な排仏派で、崇仏派の蘇我氏と対立した。
守屋と中臣勝海(中臣氏は神祇を祭る氏族)は蕃神(異国の神)を信奉したために疫病が起きたと奏上し、これの禁止を求めた。天皇は仏法を止めるよう詔した。守屋は自ら寺に赴き、胡床に座り、仏塔を破壊し、仏殿を焼き、仏像を海に投げ込ませ、馬子や司馬達等ら仏法信者を面罵した上で、達等の娘善信尼、およびその弟子の恵善尼・禅蔵尼ら3人の尼を捕らえ、衣をはぎとって全裸にして、海石榴市(つばいち、現在の奈良県桜井市)の駅舎へ連行し、群衆の目前で鞭打った。
用明天皇2年4月2日(587年)、用明天皇は病になり、三宝(仏法)を信奉したいと欲し、群臣に議するよう詔した。守屋と中臣勝海は「国神に背いて他神を敬うなど、聞いたことがない」と反対した。馬子は「詔を奉ずるべき」とし、穴穂部皇子に僧の豊国をつれて来させた。守屋は睨みつけて大いに怒った。史(書記)の毛屎が守屋に群臣たちが守屋の帰路を断とうとしていると告げた。守屋は朝廷を去り、別業のある阿都(河内国)へ退き、味方を募った。

こんなにひどく書かれていると言うことは、逆にこの人は汚名を着せられた人ですね。きっと。
仏教との戦い。興味深いです。

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「ペリマリのプラプラ講義」
http://perimari.gjpw.net

http://perimari.gjpw.net/misentaku/1月

転載は禁止なのでできませんが、なにやら気になる内容。

たしかに池上彰はえせだと私にもわかるようになりました。
つまりぎりぎりまで切り込んでいくようにみせているが、そこどまりであると。
だからいつまでもテレビに出続けられるのだなと。
本当のことを言う人はテレビにはでないのだなと。

「華氏451度」レイ・ブラッドベリ [Book]

「華氏451度」レイ・ブラッドベリ 

あらすじなどは他のブログで読んでいただくとして、私はこれを読んでなにか悲しい気持ちになりました。

主人公のモンターグは焚書をするのが仕事で、それが当たり前の世界で育ってきたので焚書はじめこの世界がおかしいとは思わなかったけれど、ある少女との出会いでそれがおかしいことだと気づく。

モンターグには妻がいる。子供はいない。
モンターグが仕事から帰ってくると、妻はいつもベッドにおり、心はそこにはなく、耳にイヤホンをつけ、電子的な音楽とおしゃべりと音楽とおしゃべりの世界にひたっている。
部屋に妻の姿はあるけれど、いつも無人と同じこと。

リビングには妻の要望で三方の壁に大きな画面をつけ、妻はいつもそれで誰か三人以上と話し合っている。
一台は年俸の3分の一もする高価なものだが、妻はもう一台買ってほしいと言う。
時々はそれで台本を読みあい、ネットで劇ごっこをする妻。

モンターグが具合が悪いので画面を消してくれと訴えても、なかなか消してくれない。
ある日帰ると睡眠薬を飲みすぎて死にかけていたりする。

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一見して関係は悪くはないけれど、私と旦那との関係はどうなのかなと思いました。
それぞれに本を読み、ネットを見、ゲームをし、宿題をし、モンターグの家庭とは違うと言い切れるだろうかと。

毎日がどうにもつまらなくて、目先の何かで空虚さを埋める妻の気持ちはよくわかる。
どんなに本を読んで見ても、どんなに映画を見てみても、なにか埋められないものがあって、どうしたらいいものかなと。
どうにもこうにも埋められないものを服を買ってみたりしてまぎらわしている。

NHKの洗脳作戦 [政治・社会]

以前にも書きましたが、NHKで、ヒトラーが1945年にドイツで亡くなっていたことを証言するものが放送されました。
これを見るまではNHKに対しては放送内容を信頼していましたが、証言者の多くが英語であることに気づき、NHKは信用できないと思うようになりました。
映像を作成したのは海外のメディアですが、これを放送するということは内容に同意しているということであるので。

「ヒトラー 最後の日々」
https://www.youtube.com/watch?v=s2K2XLRgbCI

そして911の世界貿易センタービルの崩壊についての「科学的」な解説
「NHK初の陰謀論特集 2」
https://www.youtube.com/watch?v=g2qPV8QapEg

NHKはこういう風にさも冷静に科学的に報道するのだなと思いました。

そして最近ではトランプ氏がCNNなどのマスメディアをフェイクニュースだとツイッターで言っていることに対し、3月14日のBS-NHKでは「たしかにマスメディアは公平さを装いながらも、保守側の味方にたっている」と認めましたが、その理由をメディアの人数が減っているため中西部の人員が少なくなり報道発信元が都市部に多くなってしまったために、大統領選の読みをあやまったのだと、もっともらしい理屈をつけて語っていました。

あからさまに、トランプを叩き、ヒラリーとオバマをあげていたマスメディア。
このままでは、うそばかり放送していたことがバレてしまうと、なんとか言い訳して信頼してもらおうとしているようです。

民放だけでなく、NHKが一番の犬だったと。

「ツァラトゥストラはかく語りき」ニーチェ [宗教]

魔術についての本を読んだりしていると、たびたび「ツァラトゥストラ」のことがでてきました。
ツァラトゥストラというのは、ゾロアスターのことであり、古代ペルシアの預言者、宗教改革者であったと。
ツァラトゥストラは、古ペルシア語であると。
(世界の名著 57 ニーチェ 中央公論社 P.63)

そしてモーツァルトの「魔笛」にでてくる神官ザラストロは、ゾロアスターのことであると。

ゾロアスターっていったいなんでしょうか。
なにか悪魔教のようなイメージがあったのですがそれはどうなのでしょうか。

これは「ツァラトゥストラはかく語りき」を読んでみなければと思って手に取ってみましたが、なにを伝えたいのかどうもよくわかりません。

なんでもニーチェはあるところにいったときに、悟りを得て、わずか10日間で第一部を書き上げ、2週間で第2部を書き上げたとあります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ツァラトゥストラはこう語った
本書は、後期ニーチェの重要な哲学的研究のひとつであり、19世紀末期におけるヨーロッパの没落を背景としながら、キリスト教的な理想に代わる超人(Übermensch)の思想が展開されている。ツァラトゥストラを主人公とする物語の体裁をとっているが、大半はツァラトゥストラによる思想の吐露である。山に篭もっていたツァラトゥストラは、神が死んだことを知り、絶対者がいなくなった世界で、超人を人々に教えようとするが、低俗な人々は耳を貸そうとしない。そこで、ツァラトゥストラは、自分の思想を理解する人を探し始めるが、「師に従うばかりではいけない」と結局弟子も棄ててしまう。ツァラトゥストラは、あらたな思索の末、人々に対して自らの思想を語ることを控えることを決め、山に帰郷する。山の中で、ツァラトゥストラは、何人かの特別に高等な人々と会い、彼らとの交流の中で歓喜する。最後には、ツァラトゥストラが再び山を降りることで、物語は締めくくられている。この一連の物語において、ニーチェは神の死、超人、そして永劫回帰の思想を散文的な文体で論じている。

永劫回帰の思想とは、すべての善悪、優劣は人間の主観的な思い込みに過ぎず、絶対的な善悪だけでなく、相対的な善悪も否定する、価値相対主義の極限という点では、ブッダの諸行無常・諸法無我、荘子の万物斉同論に近い。絶対正義を語るキリスト教の強い西洋思想というよりも、東洋思想によく見られる発想である。が、仏教については諦観だとしてニーチェは否認しているので、永劫回帰はもっと能動的である。すべてのものは平等に無価値であり、終わりも始まりもない永劫回帰という究極のニヒリズムから、運命愛にいたり、無から新価値を創造、確立する強い意志を持った者をニーチェは超人と呼んでいる。しがらみも伝統も秩序もまったくの無であるということは、そこからあらゆる新価値、新秩序が構成可能だということである。

正直どういうことなのかよくわからないのですが、この世界はすでにハルマゲドンが何度か起きているのではないか、何度も同じことが繰り返されているのではという気もしますし、私が生きている意味ってあんまりないのかなと思ったり。
ただ人は生まれ、ただ死ぬというのは、堪え難い気もします。
なにかおまえには使命があるとかであったらいいななんて思います。
なにもなくただ生きてただ死ぬのはやるせない。

かしこい人が書いた解説を記します。
**********引用開始
「オウム真理教の精神史」大田俊寛 春秋社 2011年
P.124
ニーチェの超人思想

メスマーとは発想も立場も大きく異にするが、近代人にその生の指針を示すために「超人」というヴィジョンを提示したのは、哲学者のフリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)である。ニーチェは、近代の世界においてはもはやキリスト教の原理が通用しないこと、より具体的に言えば、キリスト教が提示してきた目的論的な歴史観が執行してしまったという事態に対して、もっとも正面から向き合おうとした思想家であった。
1885年に発表されたニーチェの主著の一つ「ツァラトゥストラ」は、超人賛歌と呼びうる詩的な作品である。主人公のツァラトゥストラは、30歳からの10年間、一人で孤独に山中に隠棲していたが、神が死んだ後の世界に対し、人間の生の指針となる「超人」のあり方を示すために、山から降りて人間たちと接触する。しかし、興味本位でツァラトゥストラに近寄ってきた群衆は、彼の語る言葉をまったく理解しようとしない。彼らは「われわれは幸福を発明した」と口にして、現状に深く自足した態度を見せる。そして彼らはツァラトゥストラに「愛とは何か、想像とは何か、憧れとは何か、星とは何か」といった哲学風の空虚な問いを向けては、思わせぶりな瞬きを繰り返すばかりであった。ツァラトゥストラは、神が死んだということにさえ気づかず、功利主義的で教養俗物的な生き方に自足している群衆を「末人」や「畜群」と呼んで蔑み、彼らの元を離れる。
群衆から身を遠ざけたツァラトゥストラは、独白に近いスタイルで「超人」について語り始める。しかしそもそも、なにゆえに超人の存在が必要とされるのだろうか。
一言で言えばそれは、キリスト教の神がすでに死んでしまったため、神の存在を基準として人間自体を陶治(さんずいではないが表示できず)してゆくという従来の方法が、もはや通用しなくなったからである。ニーチェは、キリスト教的な主体から超人へと至る精神の歩みを、駱駝、獅子、小児という三段階の比喩を用いて語っている。ここで駱駝とは、敬虔の念にあふれた重荷に耐える精神、すなわちキリスト教の規範に従属する禁欲的精神のことをさすが、これに対して獅子は「われは欲す」という欲望と意思の言葉によって、その生き方を打ち砕く。しかし獅子も、新しい価値を自ら創造することはできない。それが可能なのは、無垢な小児である。小児は過去については忘却し、その目は常に新しい始まりに対して開かれ、世界生成のありのままの姿を肯定する。「創造の遊戯」によって新たな価値を生み出すことができるのは、小児=超人である。
ニーチェは、プラトン主義的な形而上学や、神の国の実現という目的=終末を設定するキリスト教的な歴史観を、空虚な「背後世界」の存在を仮定し、それによって人間の価値や存在意義を捏造しようとする錯誤的な思考であるとして、厳しく退ける。それに代ってニーチェが持ち出すのは、いわゆる「永劫回帰」の世界観である。それによれば、あの世などという「背後世界」は実在せず、存在するのはあくまでこの世だけである。そしてこの世において、万物は流れさるとともに、再び同一の状態へと回帰する。死もまた、人間の生にピリオドを打つものではない。人の一生はまったく同じあり方で、同じ世界の中に再び回帰してくるからである。何らの意味も目的も終わりもなく、流れ去っては永久に回帰し続ける世界ーこうした世界観を肯定的に受容できるかどうかという点に、人間が超人へと変容する際の試金石があると、ニーチェは主張する。
既存の意味や目的が失効した時代にあって、その空虚さを肯定的に受け止め、むしろ自ら新しい価値を生み出すことのできる存在=超人になること、そこにこそ、人間の生の意味がある。こうしたニーチェの主張は、きわめて根深い逆説性を孕んだものであり、その思考の歩みはまさに苦闘と呼ばれるにふさわしい。そしてニーチェの思想も、超人という人間観や、永劫回帰の世界観といったその大和くんによって評価されるべきではなく、むしろ逆説に満ちた思想的葛藤の中で彼が示した具体的な霊感の数々によって図られるべきであると思われる。また私は、ニーチェの超人思想が、オウムの思想と直結しているというつもりもない。なぜなら、ニーチェはあの世の存在を明確に否定しているし、、また超人を群衆に対して背を向ける孤独な存在として描いているからである。
しかしそれでもなお、世界史の流れを大局的にみれば、オウムが唱えた「超人類」や「解脱者」につながるような人間像が、ニーチェの超人思想によってかなりの程度造形されたということは、否定し得ないように思われる。それは第一に、キリスト教的理念やその目的論的歴史観を退け、世界の実相として円環的な永久運動を想定したこと、そして第二に、そうした世界観を前提として、人間が現在の事故を超えた存在へと進化しうると唱えたことである。「ツァラトゥストラ」(=ゾロアスター)というタイトルも相まって、ニーチェの提示した永劫回帰の世界観は、優れて東洋的なものとして一般に受容された。また永劫回帰の世界観においては、人間は事実上不死の存在として捉えられ、そして超人は、今や消失した神にとってかわる存在へと高められているのである。ニーチェの思想は、シュタイナーやユングのような20世紀ロマン主義者たちに多くの霊感を与え、またのちに見るように、ナチズムにおける進化論や人種論を支えるバックボーンともなったのだった。

P.139
「ツァラトゥストラ」の記述において事実に反しているように思われるのは、ニーチェが「末人」たちを、現状に自足した存在として描いていることである。実際には群衆は、現状に満足などしていない。彼らは多くの人間が集合することによって作り上げられた巨大な社会から常に物質的な恩恵を被っていながらも、その状況自体に対して、言いようのない不満を抱いている。
群衆は、自らもその一員である群衆を嫌悪し、蔑視する。群衆は自分自身は群衆ではない特別な人間(超人)であり、不愉快にも自分の周りを取り囲んでいる自分以外の他人の群れこそが、魂を失った畜群(末人)であると考える。群衆意識の実態とはこうしたものであり、その意味において「超人」と「末人」は裏側で通底している、あるいは、両者の実は表裏一体のものである、と言わなければならないだろう。
**********引用ここまで

「ツァラトゥストラ」の扉には、「万人にあたえる書、何びとにもあたえぬ書」とあります。
なにやらかっこいい。

「世界の名著 57 ニーチェ」には、「ツァラトゥストラ」のほか「悲劇の誕生」も収録されています。
これの訳者が西尾幹二さん。
聞いたことのある名前だなと思ったら、「GHQ焚書図書開封」を書かれた方でした。
また「国民の歴史」はじめ、著書多数でした。

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